FC2ブログ
脱穀日記 ~日々剥ける殻~
管理人
Name : 鈴木@ストライカー

本宅【REAL STRIKER】

↑こちらが本宅の音楽テキストサイト。
自他共に認めるラルクファンであり
どーしよもないほどのハイドマニア。
都内某広告会社に勤めるこんな大人
カレンダー
08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
特選カテゴリー
普通の日記 (913)
スペシャル企画 (1)
ブログバトン系 (5)
オーウェン君日誌 (6)
BGMレビュー (57)
ライブ・イベント感想 (91)

※BGMレビュー・ライブレポ等の音楽
系テキストは全て本宅の方に加筆修正
された完全版として掲載しています。
一言フォーム
月間過去ログ
最近のコメント
最近のトラックバック
AMONES 2
07/06/13 L'Arc-en-Ceilまたハートに火をつけろ!ツアー@郡山文化センター (06/17)
変温ジューシーフルーツ
隣の鈴木さん。 (02/02)
ブログ内検索
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 

--/--/--
2006/5/2
鈴木のゴールデンウィークは6連休です。
こんなに休める会社は生まれてこの方初めてだよよよ・・・(涙)。。

そして雑誌【oricon style】購入。
写真の可愛さは毎度のことながら、インタビューが面白いなこれ(笑)。
なにをどうしたら「HYDE=天使説」なんていう話になって、あまつさえそれを「間違ってないですよ」とか答える人間がいるのかよ・・・

と思ったら、ホントにいたよ(笑)。

「だって羽根が生えてますもん」・・・ね。うん。これだけ見ると当然「ハァ?」だと思うけど、これに付け加えて先日の鹿野さんの「あの人ね、フェスとか行くと四つ葉のクローバー30秒で見つけるんですよ」「すごく『選ばれた人』っているんだな~って」というコメントと合わせて聞くと、なんだか妙に納得してしまうというか、やっぱり常人じゃねーなこりゃ、みたいな。

さて、すっかり質問が溜まってしまってたので、今日からガッツリ消化していきたいと思います。
内容によって回答順番が前後する可能性がありますが、ご了承くださいな。
今日は【FAITH】に関係する内容を優先して回答。

Q. 「今回のアルバム収録曲の「DOLLY」にある、「ケルビムを倒す必要もない」とは、
   一体どう言う意味だと思いますか?
   「ケルビム=ケルブ=エデンの東、命の木への番人」と言う事は
   「ケルビムを倒して命の木の実を取る必要がない」つまり
   「神の力を借りずに命を生み出せる」という事を言っているのかなと思うのですが、
   イマイチすっきりしません。最初の「ケルビム=命の木の番人」という仮説が間違ってたら、
   この解釈自体がひっくり返りますよねぇ…。
   是非、今まで数々のハイディの歌詞を解き明かしてきた鈴木さんのご意見を伺いたいです!」

  →いや、歌詞の意味はそれでいいんじゃないのかな(笑)?
   では一応鈴木の持ち得る限りの聖書知識で回答したいと思います。頑張れ自分!

   ケルビムとは天使第二階級の「智天使」のこと。
   その主な役割は「エデンの園の東の番人」だそうだ。

   一般的には『エデン=楽園』と言われるけど、これは少し違う。厳密には、広大なエデンの
   東に造られた『庭』にはあらゆる『樹』が植えられていて、その庭はまさに人間にとって
   楽園のような場所・・・という意味合いから、上記の解釈の誤りが生じたらしい。
   んで、そんな庭に植えられた「人間にとってこの上なく魅力的な樹」には、一般的に知られて
   いるものでは『善悪の樹』(「知識の樹」とも言われる)と『生命の木』がある。
   前記の『善悪の樹』とは、言わずもがなアダムとイブがその実を口にし、神の言い付けを
   守らなかった『不服従の罪』(←極端な言い方です)として人間へと姿を変えられ
   地へ落とされた、とされる樹。

   そしてもう一つが『生命の樹』。
   アダムとイブが人間となって地に落とされた理由の一つには、この『生命の樹』の実まで
   食べてしまうのではないかと危惧した神が2人を追放した、という説もあるらしい。ふーん。
   でも最初は「『善悪の樹』の実以外は食べてもいいよ」って言ってたのにね、神様も。
   あ、『善悪の樹』の実を食べてしまったから2人だから、『生命の樹』の実を食べさせる
   わけにはいかなかったのか?なるほどなるほど。

   で、肝心のこの『生命の樹』が一体何をもたらすモノなのか・・・鈴木はそこを知りません。
   無限の命を授けるのか、失われた命を蘇らせるのか、はたまた命そのものを創造するのか。
   しかし、神が「これだけは食わせるわけにはイカン!」と言って、『原罪たち』を追放したの
   だから、やはり生まれながらに罪を背負った『人間』が触れてはいけない樹なのでしょう。

   そんなモノがある、とされる地を護っているのが智天使 ― ケルビム。
   人間が『生命の樹』を必要とせずに、己の手で「生命」を絶ち、己の手で「生命」を延ばし、
   己の手で「生命」そのものを創り上げる事に成功した今、もはや『生命の樹』に用はない・・・と。

   ケルビムは『エデンの園の東の番人』であると同時に、『アダムの監視者』でもあるそうで。
   アダムが再び『エデンの園』に足を踏み入れる事が無いよう見張ってるのだそうです。

   神を崇め祈りながら、神に原罪を与えられ、神の使いに監視される存在・・・それが人間。
   神を崇め祈りながら、神を冒涜し殺し合い、再びバベルの塔を建造し始めた存在・・・
   それが人間。

   もう本当に、【FAITH】というアルバムの全楽曲は第三者の解説の必要がないくらい、
   そのまんまな内容だと思います。でも、どの楽曲も「だからこうしよう!」だとか
   「これは違うよね!」というような結論が描かれていない。ただあらゆる現状が具現化されて
   いるだけなので、それを受けて感じる事、考える事は本当に人それぞれだと思います。

   なので、ここからは鈴木の個人的な感想。
   【DOLLY】は、鈴木が初めてライブで聴いた時から一貫して感じている事がある。
   このめまぐるしいメロディの変化。ライブで初聴きした時、歌詞が何を言ってるのかサッパリ
   分からない状態の時から鈴木は、『狂気と矛盾』を感じてました。悪意に満ちたようなメロディ
   の始まりが一転、甘い夢のようなサビに変わる。しかし再び悪意に満ちたメロディの後、
   再び脳に流れ込んでくるその音は、「甘い夢」なんかじゃなかった。

   これは、「甘い毒」だ。

   そんな毒の濃度はラストに向かうほど濃くなっていく。
   最後はもう「甘い夢」なのか「甘い毒」なのか「悪い夢」なのか「悪い薬」なのか、
   まるで分からなくなる。恐ろしく中毒性の高い一曲。感覚的にも、意味合い的にも。

   ・・・あれ?なんかまるでレビューの口調だなこれじゃ(笑)。

Q. 「(前略) 質問は…鈴木さん目大丈夫ですか?手術なんてあまりにもイキナリで
   びっくりしました。お体には気をつけてくださいね。
   それと、試聴やライブを経て聞いたアルバムは鈴木さん的にどうですか?」

  →毎度日参ありがとうございまっす!いやー、本当に鈴木もイキナリでビックリしました(笑)。
   軽い気持ちで眼科に行ったら(いや、見た目的にも決して症状は軽くは無かったんだけど)
   いきなり医者が裏からメス持ってきて「さ、やりましょう!」みたいな事を言い出すのでビックリ。
   思わず「あああああああ明日じゃダメですかぁぁ!?」とか叫んでしまいました・・・。
   そしてアルバム【FAITH】の感想。単純に言えば「すっげーかっこいいアルバム。
   ヤバイかっこいい」。単純に言わなければ、「怖い・・・この後がすごく怖い」。
   これはアルバムの感想というよりも、『【FAITH】というアルバムを出したHYDEの感想』
   だな(笑)。怖さと歓びが本当に半々です。

Q. 「アルバムのことなんですが、CDのロゴ(?)が「666」ではなく、「999」になってますよね?
   あれって、「反対にして読め!」っていうことではないですよね?
   どういう意味なんでしょうか…。「666とは違うけど、リンクしてるところはある」ということなん
   ですかね…?あと、COUNTDOWNの歌詞とSEASON'S~の和訳、最後の 僕をを呼んでる~
   ってなってるのはミス…なんですかね?」

  →『999』はあのCDの品番ですね。ただの品番をわざわざリザーブしてまで『999』と『1000』で
   揃えて、ただの品番をあそこまで大きくロゴ化して印字してるのは、やっぱり『666』との
   関連性があるんだと思いますよ。その辺の意味を考えてみるとなかなか面白いかも?
   それと歌詞については・・・方々で「誤植多すぎ!」の指摘を見ますね(笑)。
   【COUNTDOWN】と【SEASON'S CALL】の誤植は、単なるミスだと思います。

Q. 「鈴木さんをこんな風に人生案内の先生のようにしてしまって本当に申し訳ないと思っています、
   がどうか私をお導きください。私の悩みはHYDEさんのラルク存続に対することではなく、
   「hydeさんのファンでいてもいいか」ということなんです。
   私はラルクのファンになるまで、どこかのボーカリストがソロ活動をするということの意味が
   わからなかったんです。(例えば極端に言うならB'zの稲葉さんのソロ活動だとか)
   なら最初から一人ですれば良いのに、普段とかわんないじゃんって。しかしラルクと出会い、
   この人だから、この人たちだからできるものがあるのだ、とあの多様な曲を聞いていてわかり
   ました。「ラルク」がとても好きです。しかし、HYDEさんのソロのインタビューを聞いたり読んだり
   していると、ああこの人は自分の本当にやりたいことをやって、そしてとても楽しそうだという
   ことがひしひしと伝わってくるんです。私の「hydeさんの(ラルクでの)ファン」だということは
   ハイドさんに対して失礼なことなんだろうか?と思ってしまいします。それに私は音楽の耳を
   持っていません、せっかくラルクからとても大事なことを学んだ、と思ってはいても、結局は
   私はハイドさんの声と詞だからとラルクと変わらないように感じでしまうのじゃないか、
   ただ単にHYDEさんで同じように満足してしまうのじゃないかというとても失礼なことを
   考えてしまうのです。だってハイドさんはかっこいいです。神です。まだこわくてHYDEさんの
   CDを何も聴けていません。こんな考えを持っているような人はむしろ聴かない方が良いんじゃ
   ないかな、というふうに思うのです。鈴木さん、長々と、それから繰り返しになりますが失礼な
   意見にお時間取らせていただいて申し訳ありません。質問とはかけ離れてしまいました。
   鈴木さん大好きです。失礼いたします。」

  →うおぉぉ、これは・・・こんな質問を鈴木が受けていいんでしょうか??
   これまでにも何度か「こんな私がファンでいて良いのでしょうか?」とか
   「ファンなのでしょうか?」という類の質問(というか、相談?)を受けたことがあるんですが、
   今回は特に深刻なお悩みのようで・・・。鈴木が言えることは
   「『ファンになること』にマナーは必要あっても、資格は必要ないと思う」という事と、
   「『ファンの在り方』は気持ちが左右するものであって、理性が左右するものではないと思う」
   という事くらいでしょうか・・・。たとえ、誰かに「ファンをやめた方がいいよ」と言われても、
   そう簡単にやめたり続けたりが調節出来るものではないと思うんですが、どうでしょうか。
   「好きなモノは好き」「解らないモノは解らない」「興味がないモノは興味がない」・・・というような
   事は、決して自分以外の誰かが強制的に変えることは出来ない事実だと思うんですよね。
   決して『ハイドが好きな人はラルクとソロの違いを理解した上で、その両方を好きにならなきゃ
   いけない』なんてこたぁ無いと思いますので、自由に楽しめばいいと思いますよ。
   Music is Freedom!

その他、「私も【I CAN FEEL】聴いて興奮する!アドレナリン大放出!の人ですよー」という投稿を送ってくださいました某Cさん、「仁さんがフォ○・ベ○デッ○(一応伏せ/笑)でますます神かよ!?」な報告を送ってくださいました某Wさん、どうもありがとうございまーす(*´∀`*)

 

2006/05/02 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
この記事に対するコメント
この記事に対するコメントの投稿












  管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://realstriker.blog82.fc2.com/tb.php/832-97823bda
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。